2015年10月04日

ゼンデギ

意識とは何か.良い話題だとは思うが,グレッグ・イーガンをもってしてもその話題は遅すぎるように思われる.
より良い機械知性を作ろうとする試みが進みつつある2015年においても,近い将来のどこかでいわゆるシンギュラリティが起きるとしても,現段階での結論はほぼ出ている.
意識と身体は不可分で意識は身体にたやすく影響を受けるし身体の無い意識が存在するとしてもそれは人間の持つ意識とかけ離れるだろう.
コミュニケート可能であることと分かり合えることに違いがあるとわからない人間も多いが,その分別がつけば人間と同じ意識は人間にしかやどり得ないとわかると考えたい.すなわち「もし何かを人間にしたいなら,人間まるごとをお作りなさい」と.

イーガンが我々と同じ地平に居るのはわかったし,もしかしたらここに居ない誰かに向かって「こっちへおいで」と勧誘しているのかもしれない.しかしイーガンは天才であるが故に我々と同じ土俵で満足してもらっては困るし,もっと理解不能で訳の分からない,死後評価されるような存在であって欲しい.
なんとなれば,私は今,読んで理解してしまったことに不満を覚えている.
欲深い話だ.
posted by terarorz at 16:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 本とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
訳者あとがきは必見.
これがあったからこそ今こんな感想だが,訳者あとがきのおかげで仕掛けに気付いていなければもっと感動を露わにしていた可能性すらある.
Posted by at 2015年10月17日 01:44
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